lienhua’s Dragon Inn 龍門客棧

中国ドラマと香港映画について書いています 記事についてはINDEXをご参照ください

記憶の中の香港映画16:ファンアートとしての「東邪西毒(邦題:楽園の瑕)終極版」

「崋山論剣」を観て二次創作って難しいなーと思う一方で「射鵰英雄伝」の二次創作として最も有名なこの映画はどうなんだろう、と思い始めた。

というのも最初にこの映画を観た時には「射鵰英雄伝」が何かも知らなくて(翻訳すら出てなかった)「よく分かんない」というのが正直な感想だった。「射鵰英雄伝」が何だか分かった頃に見返したけれどその時は「(画面が暗くて)よく分かんない」(笑)。編集を変え手を加えたという「終極版」が公開されたのは知っていたけれど、どう変わったんだろう?果たして「分かる」ようになったのか?確かめてみた。

---------------------------------

「東邪西毒」豆瓣より香港版ポスター お洒落だけど内容は分からないな(汗)

こんなお話

中華圏では超有名な小説だから映画の中で登場人物の紹介、というのはない。一応その後どうなったのかのテロップは出るけれど、お話を知っておかない限り、何を言っているのか意味が分からない。

要は「射鵰英雄伝」に登場する主人公の先輩の強者たちの若い頃の物語。「崋山論剣」にも登場した東邪・西毒・北丐(まだ二つ名はついていない)がメインの登場人物だ。

 

欧陽鋒(後の西毒/張國榮 飾)は、砂漠で剣客の斡旋業をしている。そこには腕に覚えのある者も、剣客を必要とする者もやって来るのだが、毎年春にやって来るのが黄薬師(後の東邪/梁家輝 飾)だ。

その黄薬師を殺してほしい、という依頼も入る。燕国の公主だという慕容嫣(林青霞 飾)と名乗る女性だが、一晩たつと彼女の兄だと名乗る慕容燕に入れ替わってしまう。

馬賊に弟を殺されたという娘(楊采妮 飾)が依頼にやって来た。代金はラバと卵しかないという。盲目の剣士(梁朝偉 飾)は「失明する前に桃花が見たい」とその仕事を受ける。

洪七(張學友 飾)というぼろを纏った男がやって来た。まだ若く、名を上げたいのだという。欧陽鋒は盲目の剣士がしくじった仕事を紹介する…。

 

こんな感じで欧陽鋒の砂漠の宿に様々な人が来ては去っていく中で、黄薬師の若き日の三角関係、欧陽鋒自身の兄嫁(張曼玉 飾)との物語が語られていく。

 

公開当時、香港でも「難解過ぎる」「よく分からない」と話題になった作品だけれど、王家衛の他の作品ほどには分かりづらくない、と思う。複数の登場人物の、関連があるようなないようなエピソードの羅列、というのは王家衛の初期作品の特徴だけれど、「終極版」は一応最初から最後まで話の筋は通っている。以前公開されたバージョンより短くなっているのに。どこをカットしたのかは以前の記憶が曖昧なんでよく分からないけど、刈り込んだ分だけ分かりやすくなったのかも。

勿論これは「射鵰英雄伝」での登場人物が分かった上で見る、という前提。欧陽鋒と兄嫁に関係があったことは原典に描かれており、これを知っておくだけでも分かりやすさに違いが出る。

 

終極版は「明るい」

画面が、の話。昔見た時はとにかく薄暗い印象で、特に殺陣の部分は暗くてよく分からない印象だった。終極版はだいぶはっきりくっきり。黄色い砂漠と青い空の組み合わせが美しい。砂漠のギラギラした太陽、焼けつくような砂の感じがよく分かるようになった。慕容嫣の告白時の鳥かごの陰影を使った演出もより映えるように。

 

但し、肝心の殺陣が見やすくなったか、というとそうでもない。

アクション自体は凝っているのにスローモーションと残像処理、アップの多様で基本的に見づらい。折角武術監督に洪家班を招いたのに勿体ない。撮影は「阿飛正傳」「重慶森林」でも組んだクリストファー・ドイルでこういう映像が得意な人だけれど、武侠ものにはあまり向いていなかったようだ。(ちなみに王家衛のもう一つの武侠もの「一代宗師(邦題:グランド・マスター)」の撮影はフラン人のPhilippe Le Sourd。迫力満点で超美麗なアクションシーンが見られる)

そもそもこの作品は武侠小説のスピンオフのくせにアクションシーンは極めて少ない。王家衛だから、と思って観ないと「詐欺だ」と思われそう。公開当時そうした面でも批判が大きかったように思う。

 

登場人物はうまく描かれているか?

ただ今回は「二次創作」としてこの作品を観てみるという趣旨なので、一番大事なのが「キャラクター」だ。これがぶれてしまうと「崋山論剣」の最初の二つのように、視聴者側に不満が残ることになる。一人ずつ見てみよう。

・欧陽鋒

原典では最も強いヴィランであり、ラスボス。「九陰真経」を入手する為に毒や悪辣な手段を用いても平気な人物だが、甥(実は息子)の欧陽克には特別な愛情を注ぐ。続編の「神鵰侠侶」にも登場し、主人公の最初の師父となる。

 

残念だけど映画ではレスリーの蝦蟇功は見られません(笑)。

以前見た印象だと、恋人が兄嫁になっちゃっので世を拗ね砂漠に隠遁している、という感じだったけど今回見直してみると、案外ちゃんとお仕事してた。村人との交渉も世慣れた感じだし、村娘相手ににそこそこアコギなことも言う。後年の「卑劣さ」「悪辣さ」までは感じられないけれど。

一方で盲目の剣士に対する態度や、若輩者の洪七に対しての指南をみると、流れ着く剣客に対して単にビジネスライクな態度ではなく、情があるのだと分かる。洪七への指南は同時に、欧陽鋒自身も手練れなのだろう、と連想させる。

「決して善人ではない」が「情に疎いわけでもない」欧陽鋒というキャラクターは崩れていない、と言えるだろう。こういう人なら映画のラストで故郷に帰った際、残された息子を兄の手元に置き去りにも出来ず、連れ歩き可愛がる姿も想像できる。

 

・黄薬師

原典ではヒロイン・黄蓉のおっかないパパ。書画・音楽・医学その他もろもろに通じる才人だけど人嫌いで桃花島に隠遁している。これだけだと静かな性格に思えるが、弟子の脚を折って追い出す、召使いの舌を切って秘密を洩らさないようにさせる等実はかなりラジカル。

 

「射鵰英雄伝」本編では妻一筋って感じだけれど、若い頃は「放蕩者だった」という映画の設定はちょっと笑える。クールに見えて実際は情に溺れるタイプ、というのが黄薬師なんで若い頃は女性に対し積極的だったのかもしれない。(情に溺れるタイプでなければ妻のことをあんなに思っていたり、弟子一人に裏切られたことで他の弟子全員の脚を折って追い出すような極端な真似はしないだろう)。

忘れたいことを忘れられる酒「酔生夢死」を飲んで何もかも忘れて女性の名前だけ覚えている黄薬師と、何一つ忘れられない欧陽鋒という対比も如何にも、と思える。

欧陽鋒とは友人関係にある、という設定自体この映画のオリジナル設定だけれど、あの偏屈な東邪が桃花島へ迎え入れる仲…ということで説得力があるのか「崋山論剣」の中でも同様の設定が採られている。映画の中では愛されている西毒を「羨ましい」と言っており、成程これなら友情は成立するかも。

 

・洪七

「天下五絶」の中で人格者と言えば南帝と洪七公。原典では江湖最大の組織、丐幇(物乞いを中心にする団体で武術は勿論情報網もすごい)の幇主。主人公の師父になり色々助けてくれ、秘技を授けてくれる。

まだ名を挙げる前、という設定だけれど弱き者をなんだかんだで助けてくれる義侠心はそのままだ。そして欧陽鋒とは「そりが合わない」。これも後々まで変わることがない。原典ではいろいろあって不倶戴天の仇になっていくけれど、この時はまだ欧陽鋒がいろいろ教えてやっているのもファンアート的には嬉しいところ。

 

成程、三人ともぶれてない。ちゃんと後年原典のような人生を歩むかも、と思える。二次創作としては上出来なんじゃないだろうか。

この映画にはもう一人、金庸作品由来の登場人物がいる。

・独孤求敗

金庸作品に度々登場する「絶世の武術家」。映画の中では林青霞演じる慕容燕/慕容嫣が後に独孤求敗になった、というナレーションが入る。余りに強すぎて自分を負かす者を探し求めたが果たされず、隔絶された谷に隠遁し、鷲を友にするしかなかった、という人物だ。

同じ一つの身体の中にあって、兄は妹を求めるが果たせず、妹は兄から逃げようとするが逃げられず…という残酷な事実がその剣を研ぎ澄ませ昇華させる…。独孤求敗の人生は金庸の小説の中でも詳しくは描かれないだけに、なるほどなあと思わせる二次創作だ。

「慕容」という名字は他の金庸小説の登場人物にも見られる。「天龍八部」に登場するヴィラン、慕容復。やはり五胡十六国時代に滅亡した「燕国」の末裔で、国の再興が悲願、という人物だ。主人公と共に二大高手と言われたにも関わらず妄執に囚われている人物でこちらも悲劇的なキャラクター。

 

「東邪西毒」は二次創作として成功か?

結論から言うと、レスリーが出演しているからということを差し引いてもかなり満足。以前見た感想が嘘のように楽しく観られた(これは尺が短くなったこととも関係があるかも。ダレるところが無くなった気がする)。

もっとアクションシーンがあれば言うことないけれど「こんなはずじゃなかった」という気にはならなかったので二次創作として合格点。

キャスティングも(みんな綺麗な格好をしてないけど)当時の香港映画の贅を尽くしているので見応えあるし。

芸術映画っぽくて敷居が高そうに見えるかもしれないけれど(邦題のせいもあるかもしれないけど「射鵰英雄伝」を知らない人に向けてはこういうタイトルの方がいいかもとも思う)そんなことはないので、他の方にも気軽に楽しんでもらえるといいなあ。

--------------------------

題名:東邪西毒 Ashes of Time 楽園の瑕 1994年

編劇・導演:王家衛Wong Kar Wai

出演:張國榮 Leslie Cheung 梁家輝 Tony Leung Ka-fai

林青霞 Brigitte Lin  梁朝偉 Tony Leung Chiu-wai

劉嘉玲 Carina Lau  楊采妮 Charlie Yeung

張學友Jacky Cheung Hok Yau 張曼玉 Maggie Cheung

lienhua.hatenadiary.com

lienhua.hatenadiary.com

lienhua.hatenadiary.com