「九龍城寨之圍城(邦題:トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦)」の大ヒットのお陰でちょっとした九龍城砦ブームだ。九龍城砦に関する写真集も復刻されたし、何とこの映画までアマプラから配信の運びとなった。
本物の九龍城砦内で撮影されたという銃撃シーンは迫力満点の上興味深くもあるけれど、なにせ30年も前の映画なんで背景について説明があった方が分かりやすいかもしれない。
背景やモデルになった事件についてまとめてみた。
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九龍城砦でロケした最初の映画
“魔窟”と呼ばれた九龍城砦でロケを敢行した最初の映画は「重案組(邦題:新ポリス・ストーリー)」だと思っていたのだけれど違っていた(汗)。「省港旗兵」が最初。「重案組」は九龍城砦解体直前、最後に撮影した映画なんだそうだ。前の記事で間違えてました。ごめんなさい。
そもそも警察も入れない、と言われた場所だけに気軽に「撮影しま~す」というわけにも行かない。90年代香港ではものすごく沢山のギャング映画が作られ、当時大分見た気がするけれど九龍城砦でロケした映画ってこの二つ以外殆ど記憶にない(「籠民(1992)」はどうだろう…セットな気がするけど解体直前の映画だから本物かも)。
余りにギャング映画が多く製作され(しかも大抵がゲリラ撮影)取り締まりも厳しくなった為、映画の舞台は香港内地からマカオやタイといった海外に移っていった。1996年の「古惑仔」は久々香港のど真ん中で撮影したギャング映画でそうした意味でも話題になった。
香港ノワールの先駆者
この映画が作られたのは1984年。香港ノワールの火付け役「英雄本色(邦題:男たちの挽歌)」が1986年、ギャング団の抗争をテーマに激しい銃撃戦を売りにした作品群の先駆けだと言える。
映画は大画面にいきなりスタッフクレジットが大きな字で登場する斬新な(笑)スタイル。この映画に登場する役者さんは当時殆ど無名。それに比べて導演の麥當雄Johnny Mak(監督はこの一作でむしろプロデューサーとして有名)、編劇の陳欣健 Philip Chan(役者さんとしても有名)、監製の洪金寶(Sammo Hun Kam-po ご存じデブゴン)の方がずっと有名だったから、という話を何処かで読んだけれど、有りそうな話だ。
実録もの風のオープニングは「仁義なき戦い」を思い起こさせる。「省港旗兵」のタイトルを見ればわかるように、この映画は中国から香港に国境を跨いでやってきて、悪事を働いて中国にとんぼ返りして追手をかわす、ギャングたちの物語だ。
香港でいろいろ悪事を重ねる指名手配犯の大東(林威 飾)が、中国で暮らす仲間の元に宝石店強盗の話を持ってくる。本人は偽パスポートで大陸と香港の間を自由に行き来しているが、弟分たちは闇に紛れて国境を越える。香港に初めて来た弟分たちはすっかり浮かれてしまい、宝石店強盗も失敗に終わったばかりか、警察と銃撃戦になり、一夜にしてお尋ね者に。金を稼がなければ帰れない彼らは、大圈仔のボスから殺しを請け負うのだが…。
彼らは“何者”?
彼らの犯罪計画はずさんそのものだが、息はぴったりで人を痛めつける手際はいい。やることは非常に短絡的で暴力的。そして結束が固い。彼らはどのような仲間たちなのだろうか?映画では多くが語られない、というか香港の人には分かるんだろうけど、外国人である我々には極めてわかりづらい。
映画内では最初に主人公の大東の経歴が表示される。「文革時広州南大門総部総指揮」。
なんのこっちゃ…テロップは詳しく説明してくれない。
正解は元紅衛兵(「旗兵」という言葉だけで分かる人にはわかるようだ。広州の紅衛兵の一派「紅旗派」を指す言葉)。「南大門」云々は広州の中山記念堂で起きた紅衛兵の対立派閥同士の流血事件を指す。総指揮ということはかなり上の地位でしかも武闘派ってことか。
1976年に突如文革が収束を迎えて以降、紅衛兵は軍に編入され中越戦争に駆り出された。そして中越戦争が終結した1979年以降、教育もろくに受けず戦闘に明け暮れてきた大東は香港に渡ってギャングになった、というわけだ。
大東が訪れるのはどうやら戦死した仲間の家のようだ(写真が飾られているのでそれとなくわかる)。集まっているのは同じ修羅場をくぐってきたであろう元紅衛兵の仲間たちだ。戦争という活躍の場が終わりまっとうな職につけなかったであろう彼らにとって、香港は一獲千金を狙うにふさわしい場所だったに違いない。
80年代、竹のカーテンの向こうとこちら
大東が香港から土産に持ち帰ったのは偽物ブランド時計と(多分こちらも偽物の)ジッポのライター。香港に渡った仲間が大喜びするのはマクドナルドのハンバーガーやピザ、マルボロの煙草。遊びに行くのはキャバレーやソープ…映画ではこれでもかというくらい「香港にあって中国にないもの」を映し出す。
この時期の中国がどんな様子だったか、については正直よく分からない。「竹のカーテン」という言葉の通り、情報が殆ど入ってこなかったからだ。ただ90年代を描いた昨今の中国ドラマを観る限り日本の昭和30年代前半みたいな感じだったようだ。ちなみにマクドナルドの中国初出店は1990年だそう。
香港に初めてやって来た彼らが「帰りたくない」と思うのも無理はない。
「大圈仔」って何?
大東たちが香港で頼るのは「紅孩児(この名前からも中国から来た人間の経営だと分かる)」というゲームセンターの社長、実際のところは“大圈仔”のボスの一人だ。
大圈仔もしくは大圈幫はテロップでは「大サークル」と直訳されていて何のことだか分からないが、中国・特に広州からやって来たギャング団を指す。もともとは清代の黒社会用語だそうだ。70年代以降、紅衛兵から人民解放軍軍人になった挙句香港に渡り犯罪者となるものが急増、彼らが構成員となった。国共内戦後香港に渡ってきた者で構成される14K、潮州人の団体で国民党の出先機関として香港で活動してきた新義安とは一線を画し、伝統的な要素は少なく暴力的なのが特徴、だそうだ(中文版Wiki)。
編劇の陳欣健は後のインタビュー(「香港01」2017.10.04)で「主演の林威以外のギャング役の殆どは実際の大圈仔の構成員だった」と語っている。ホントかしら?でもあの九龍城砦でロケを行えた辺りに、大圈仔の影が見え隠れする。
大圈仔が引き起こした「南通銀行解款車劫殺案」
映画のモデルとなった事件も大圈仔絡み。1980年10月マカオで起きた「南通銀行解款車劫殺案」。カジノの売り上げを積んだ南通銀行(現中国銀行マカオ支店)の現金輸送車を狙ったもので、ガードマン一人が殺害され1000万元(151億円)もの現金が盗まれた。主犯の朱子昭はじめ犯人は7人の大圈仔で、朱國榮は香港の旺角で、他2人は広州で逮捕されたが残りは今でも逃亡中。
朱子昭は映画の主人公・大東のモデルになった人物だが、なかなか興味深い。香港で逮捕されたものの、起訴された時点でマレーシアに逃亡した朱國榮は1982年になって台湾に現れる。今度は反共義士という触書で。台湾で5年間服役した後釈放され宝石商に転身。銃器密輸とマネーロンダリングの疑いで1990年に再逮捕されたのち、名を朱國榮と改め、台湾の大手葬儀社の経営権を取得。2023年に関連保険会社を通じて株価操作やインサイダー取引をしたとして再び告発されるがGFと共にロシアに逃亡、今も指名手配中だ。
銃撃戦の最中、九龍城砦の日常が垣間見える
映画では請け負った殺人がきっかけで大東たちは警察を本気にさせてしまい、徐々に追い詰められていく。彼らが逃げ込むのは九龍城砦で、ここからが映画のクライマックスだ。
天井と床を這いまわる電線や配管、迷路にしか見えない通路。基本銃撃戦の最中なんでよくは見えないけど歯科医や焼き豚屋の看板もある。駄菓子屋や金魚屋もあるし、外国人のシスターが一戸一戸訪問している様子も描かれる。
見れば見る程「九龍城寨之圍城」にそっくり(笑)。あの映画が如何に忠実に九龍城砦を再現したかがよく分かる。きっとこの映画も参考にしたのだろう。
狭い場所ならではの激しい銃撃戦はかなりの迫力で、この部分だけでも見る価値があると思う。
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映画は香港電影金像獎協会の「最佳華語電影一百部」にも選ばれた名作だ。二転三転する九龍城砦がどんな場所だったか、映像で残されているというだけでも貴重な作品なので、この機会に見ておいて損はない、と思う。
映画のヒットの後、例によって続編が作られシリーズは四作続いた。アマプラには「省港旗兵2(邦題:バイオレンス・ポリス/九龍の獅子)」までが配信。こちらは党高級幹部の子弟で警官だったにも拘らず(恐らくは政治闘争で親が失脚して)服役することになったため、香港に脱出してきた者たちが主人公。面白いけれど実録風な部分(と現実を踏まえたストーリー展開)はだいぶ薄れている。
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題名:省港旗兵 Long Arm of the Law 九龍の獅子/クーロンズソルジャー 1984年
導演:麥當雄
編劇:陳欣健
動作指導:陳會毅、洪家班
出演:林威 黃健 江龍