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「大生意人」の時代はいつ?(~10集)

「大生意人」面白い。面白いんだけど清朝の歴史に疎いもので、いつ頃の話か、どんな時代なのかさっぱり分からない。中国ドラマだと西暦何年のテロップは出ないし。場所も寧古塔って何処よ?寒そうだし流刑地だし北だとは思うけど…。ここはやっぱり自分で調べるしかないかも(泣)。資料は百度百科、日本版・中文版Wikiなどからです。

ここから先は序盤のストーリーのネタバレが含まれます。ご注意ください。

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「大生意人」微博より 全員勢ぞろいのポスターはちょっと古臭いのでこっち(笑)

序盤は寧古塔から

主人公・古平原(陈晓 飾)は5年前に寧古塔に流刑になった書生で、今は奴婢として駐在する将軍の代わりに部族間の争いから事件の解決まで様々なことを請け負っている(というよりこき使われている)。或る日2人の流人が高価な朝鮮人参を見つけてきた。ところが人参は競売当日に紛失、潔白を主張した流人は自殺してしまい、古平原は事件の解決を命じられる。

この人参を買いに来た京城の大店・李家の息子・李欽(罗一舟 飾)、同道する謎の女性商人・蘇紫軒(李纯 飾)らの協力で盗みの疑いを掛けられた母子を救うことには成功するものの、古平原は将軍に追われお尋ね者に。

山西から来た商隊の隊長・常四(成泰燊 飾)とその娘・玉児(孙千 飾)に助けられた古平原は共に山西へ。ところが大晦日に帰って来たばかりの商隊は借金の返済を迫られ、返さなければ屋敷を奪われてしまうという。古平原と玉児は一計を案じ…。

 

古平原は頭も良く弁も立つのだけれど、商売のことは素人。なのに行く先々で命を懸けた駆け引きに挑むことになる。ドラマの中で語られる「商いは戦なのだ」という言葉通り盗まれるわ、脅されるわ、騙されるわ、獄に繋がれるわで、この時代の商売は命が幾つあっても足りなさそう。

そこをどうやって切り抜けていくのかが見どころだけれど、そもそも地方から科挙を受けに来た一介の書生が何故「陥れられ」流罪になったのか、も全編を通じての大きな謎になっている(のだと思う)。

 

登場人物も非情且つ狡猾な手段で獲物を横取りしようとする(ように見える)李欽の父親・李萬堂や、蜂起を画策しているらしい蘇紫軒等、今の処何を考えているのか読めない人たちもいて、お話がどう転がっていくのかさっぱりで面白い。

 

で、いつ頃の話?

中国の年号はさっぱりだけど主人公の台詞にあるのは

「咸豊5年に流刑になった」「ここで5年我慢した」

咸豊というのは1851-61年に使われた年号。皇帝は第9代、愛新覚羅奕詝。西太后の垂簾政治が行われる前の最後の皇帝だ。流刑が咸豊5年でそこから10年経っているとすると、ドラマの最初の時点は咸豊10年(1861)辺りということになる。

 

ドラマの中での役人や軍人の腐敗っぷりときたら酷いものだけれど、それもそのはず。咸豊帝の治世は内憂外患の時代だと言っていい。

内憂は1851年に始まった太平天国の乱。キリスト教系の組織・太平天国軍が蜂起、長沙、武昌といった大都市を陥落させ53年には南京を占領、新王朝を宣言するに至る。背景には重税や匪賊の問題があったらしい。乱は1964年に指導者が死亡し南京が陥落するまで続いた(日本版Wiki)。

外患はアロー戦争(第二次アヘン戦争)。英国船籍の中国船、アロー号の臨検に端を発する清と英仏連合軍の戦争だ。1960年には天津を占領され、北京に連合軍が迫り咸豊帝が北京を脱出。連合軍は北京に入城し天津港の開港や九龍半島の割譲を含む不平等条約を結ぶことでようやく終結した(日本版Wiki)。

1861年8月咸豊帝は避難先の熱河で死去。西太后一派を廃するよう遺勅を残すも辛酉政変により逆に妃嬪であった西太后らに実権を握られる。

 

…清国ガッタガタだったんだな。南では叛乱、東では外国の侵攻、なのに朝廷内では権力争い。ドラマの中で朝廷が埋蔵金伝説にも興味を示し税を取りたてようとするのは、戦争続きで国庫が底をついているからだ。

 

咸豊帝の評価は日本版と中国版のWikiでは全く違っていて日本版が「平凡だが熱心に政務に励んだ」とされているのに対し中国版では「大酒飲みで好色。音楽が好きでアヘン中毒」とにべもない。

その後一時的に清国は落ち着きを取り戻すものの(同知維新)、光緒帝時代(1875年~)には再び清仏戦争日清戦争など戦火が広がることになる。

 

ところで寧古塔って何処?

ドラマ序盤の舞台は「寧古塔」。聴いたことがない地名だったけれど「寧古塔に流され中原には二度と戻れない」というのは清代のドラマの定番台詞なんだとか(知らなかった)。

中国東北部、旧満州の古い地名で現在の黒竜江省牡丹江市寧安市辺りを指すらしい。範囲は案外広くて黒竜江省東部からロシア極東南部に広がる地域。名前の由来は“塔”があるからではなくモンゴル語で「6つ」という意味の“ニングタ”からきているのだそうだ。

 

普通に寧古塔で調べると歴史ある地だということしか分からないけれど、流刑地としての方が有名みたいだ。17世紀後半から18世紀初頭にかけては東北諸民族が朝廷に貢物を運ぶ中継地点として栄える一方で、清の朝廷から駆逐されてしまった役人の流刑地となった。

ちなみにドラマに登場する最初の交易品「高麗人参」はこの地域で売買される品物の代表格。

何故交易の中心地が流刑地になるのかというと、辺境の人手不足解消の為らしい。正式に任命された行政官の補佐や、開墾のような大プロジェクトの運営は元官吏に任されるし、重罪犯も家族を連れて行くので人口増加、人手不足解消の役に立った(百度百科)。

 

ただ寧古塔の自然は大変に厳しく、生きていくのは大変だったようだ。北京からは7,8千里離れており、(旧暦)8月には雪が降り始め、9月には河川が凍り付き厚い氷と雪に覆われる、そんな土地だったようだ(王家祯「研堂见闻杂录」)。食糧を得るためには万里の長城の内側の2倍働かねばならない。ドラマの中で親たちは「我が子を中原に送る」ことに固執するけれど、この土地を離れて豊かな中原で暮らしたい、という願いはよく分かる気がする。

中央から遠く離れているせいか、辛亥革命以降は革命運動や抗日パルチザンの拠点にもなったようだ(日本版Wiki)。

近年では観光の目玉として「流人体験」ツアーもあるようだ(CCTV2025.01.04)。

 

じゃあ山西は何処?

寧古塔を逃げ出すことになった古平原は常四の商隊に紛れ山西に向かう。ドラマの中では商業の中心地、と紹介されているけれど、その中心地・平遥城は商業、特に金融の中心地として有名だった。清代末期には20数件の票号(金融機関)が軒を連ねていたという。中でも日昇昌は有名だが辛亥革命で清が倒れると債権が回収できず没落した(日本版Wiki)。

平遥城は最も保存状態の良い古代都市として世界遺産にも登録されている。

光緒帝の時代(1875~)には大きな飢饉が全土を襲ったが山西省は最も被害のひどい地域の一つで、100万人のうち95万人が死亡したという。

 

中文版wikiには「古代のウォール街」とあった。成程李萬堂が商売の権利を手に入れたがるわけだ。

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微博に載っていた人物相関図によれば物語はこの後「徽州」(現在の安徽省。「徽州商人」が有名)「京城」(北京)「江蘇」(古くからの商業都市。上海を含む)と舞台を移していくようだ。これまでのどの場所も撮影が大変美しい。果てしなく広がる草原、一面の雪景色、古都の街並み。それだけでも一件の価値がある。撮影は滅茶大変そうだけど…。

 

密度の濃いドラマな上分からないことも多くてなかなか視聴が捗らないけれど、面白さは鉄板なので日本に上陸したら是非多くの人に見てほしい。

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題名:大生意人 Legend of The Magnate 40集

原作:赵之羽「大生意人」

編劇・導演:张挺「大明風華」「天下長河」

出演:陈晓 Chen Xiao 孙千Sun Qian 罗一舟Luo Yizhou 成泰燊Cheng Taishen

李纯Frida Li Chun

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