「太平年」で脚光を浴びた「五代十国」時代。意外なくらい馴染みがなくて戸惑った。他のドラマで五代十国時代を扱った作品、なかったっけ?自分の視聴の範囲内だけだけど、調べてみた。
ここから先は「媚者無疆」のネタバレ(若様と長安の出自に関して)が含まれます。ご注意ください。
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中国ドラマで扱われているのはどの時代?
実際の歴史が反映されているドラマで、自分が観たものを年代順に並べたリストを作っている。歴史を勝手に改変しちゃダメ、ということになってから架空歴史作品が圧倒的に多くなったけれど、それでも何かしらのエピソードや風俗が参考にされていることが多い。自分が観た作品だけなので些か偏っているけれど、古装ドラマが扱う年代が集中しているのが分かって面白い。
全体としては漢民族の王朝が支配していた時代「唐」「宋(特に北宋)」「明」に作品が集中する。最近人気なのは圧倒的に「唐」だ。「唐朝詭事録」シリーズの大ヒットで熱が高まった感があるけれど、ドラマにも映画にもなった「長安的荔枝」日本でOA中の「国色芳華」Netflixで配信中の「唐宮奇案」も唐代の物語だ。王朝の存続期間が長いからネタもいろいろある、ということなのかもしれない。
小国乱立の時代と言えば「春秋戦国(B.C.771-B.C.256)」「南北朝(439?-589)」「五代十国(907-951)」。春秋戦国時代は何せ紀元前なんで作品数も少なく、捜せたのは「謀聖鬼谷子」「風雲戦国之列国」「(続編の)風雲戦国之梟雄」くらい。「風雲戦国~」はドラマ仕立てで歴史のお勉強をする番組なんで完全にドラマとして見ると「鬼谷子」だけか。
この中で一番作品数が多いのは南北朝時代。3つの王朝の皇后を生んだ独孤家の物語「獨孤天下」「獨孤皇后」や悲劇の美男・蘭陵王をモデルにした作品等バラエティに富む。「琅琊榜」も時代背景のモデルはこの時代だと言われているし。
で、肝心の五代十国時代というと…少ない。見つけられたのは「媚者無疆」だけ。
「媚者無疆」ってどんな話?
中国ドラマが日本で放送されはじめた初期に入ってきた作品でTV放送もされていたからご覧になった方も多いだろう。自分も大分昔に観たので色々忘れている。記事を書くので見返してみたら、ちゃんと最初に「五代十国」のお話です、というナレーションがあった。…すっかり忘れてた、というより気にしてなかった(笑)。
貧しさの為売られた蘇七雪(李一桐 飾)。売られた娼館で出会ったのは姽嫿城の暗殺者だった。運よくたどり着けば生きられる、と聞かされた蘇七雪は聴竹院院主・李嗣源(汪铎 飾)とその部下・月影(马歌 飾)に助けられ、姽嫿城の新人暗殺者となる。暗殺者は女性ばかりで、影と呼ばれる男性助手が配される。姽嫿城の城主は残酷な女性で前城主の一人息子の李嗣源とは常に主導権争いをしており、地位を手に入れる為には任務を成功させるだけでなく、その地位を争う仲間や城主を出し抜かなければならない。
蘇七雪は晚媚という名を貰い、影・長安(屈楚萧 飾)と共に生き残りを賭けて任務に挑むことになるのだが…。
姽嫿城はもともと則天武后(690年-705年)の隠密機関で数百年の歴史の内に江湖を含む広い範囲の暗殺を請け負うようになったという設定。ドラマの時代設定は後梁(907年-923年)から後唐(923年-936年)に移り変わる辺りで、第一話の娼館で暗殺されるのは“梁の将軍”だ。なので「太平年」より少し前の時代のお話ということになる。
主人公の晚媚は「不殺の暗殺者」なので華麗な暗殺テクニックが描かれる…わけではなく、暗殺業務は割とへっぽこ(これを長安や李嗣源がどう救うかというのが面白いんだけど)。むしろ姽嫿城内の権力争い(何せ任務が失敗なら殺害、昇級できなければ殺害、と掟が厳しい)と晚媚と長安・李嗣源の微妙な関係に焦点があてられる。当時ファンの間では長安派、若様派と分かれていたのも懐かしい。
当時汪铎演じる妖艶で残酷な若様のファンだったけれどこの李嗣源、実在の人物だ。そして隠密暗殺組織、というぶっ飛んだ設定にも関わらず案外ストーリーに歴史が反映されている。
公子・李嗣源はどんな人物?
実は李嗣源(後名・李亶/唐明宗)は後唐の第二代皇帝だ。後唐は「太平年」で登場する後晋の一つ前の王朝で、「太平年」で海一天が演じていた後晋の初代皇帝・石敬瑭は娘婿にあたる。
ドラマの中では竹林の中にある館に住む、耽美で優雅で人を駒にしか見ない若様だけれど、実際は後周の二代皇帝・世宗(「太平年では俞灏明が演じている」と同じくらいに名君だった、と言われている(むしろ「五代の名君はこの二人しかいない」by中文版Wiki)。
突厥沙陀族の出身で十二歳の時に父を亡くし、当時唐から晋王の爵位を授けられていた李克用の養子となる。義父の李克用は唐を滅ぼして建てられた後梁を認めず、対立するように。李嗣源は軍人として優秀で義父に可愛がられた。ドラマの中でも姽嫿城が攻め入られた際、普段の若様ならぬリーダーシップを発揮していたっけ。
ちなみに実在の李嗣源は文盲だったとのことで、若様が登場時目が見えないのはこの辺りのエピソードからの連想なのかもしれない。
李克用の死後晋王の位は実子の李存勗が継ぎ、後梁の内紛に乗じて後唐を起こし後遼を滅ぼした。実はここまでがドラマで扱われている時間軸。この李存勗という人物はドラマにも「晋王」として登場するけど、武人としては優秀でも政治家としての能力は皆無だったらしい。ドラマの李存勗は非常に残酷で享楽的に描かれるが、デフォルメされているかというとそうでもないようだ。実際も邪魔な親族を陥れたり、近隣から若い娘を攫って宮廷に連れ込んだり、宦官を重用したり…とほぼ、まんま。
ちなみに後唐の朝廷には「太平年」で後晋の最期を救った宰相・馮道がおり、李嗣源にも仕えている。…長いキャリアだ。
その後も李嗣源は武人として着々と功績を重ねていくが、李存勗からは警戒される存在だった。ただ各地で叛乱が頻発し鎮圧の人手が足りず、やむなく李嗣源に叛乱の鎮圧を命じた…のだが、李嗣源は叛乱軍に寝返り、都でも叛乱が勃発して李存勗が殺害されると摂政に就任。そのまま部下に推挙されて後唐第二代皇帝の座に就く。
皇帝になってからは李存勗の厳しすぎる法を改め、宮廷の腐敗を正し、娘たちを家に帰し、国は安定期を迎えることになった。ただ李嗣源が皇帝の座に就いたのは60歳近くと遅く、治世は8年しか持たなかった。その最期は悲劇的で長子を長らく太子に指名しなかったため長子の叛乱を招き、長子と子ども達は殺害され自身もショックの余り死亡。李嗣源の第三子(第五子とも)が第三代皇帝就くことになるが一年で李嗣源の養子・李從珂に帝位を奪われる。この頃には国庫も枯渇し兵の士気も落ちきっており、李嗣源が可愛がっていた娘婿の石敬瑭らに討たれ、後唐は滅びることになる。
…絵にかいたような一族内の争いは正に「乱世」。若様の人生はドラマが終わった後の方が大変そうだ(笑)。
長安の出自について
ここから先は完全にネタバレなので気を付けてください。
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一方の長安の出自は表向きは謝家の厩舎係ということになっているが、実際は太平公主(武則天の娘で「唐朝詭事録」の「公主」)の末裔。謝家を滅ぼした姽嫿城城主・奼蘿への復讐の為姽嫿城入りしているが、終盤には前王朝の唐復興の旗印となり、李嗣源らと決定的に対立することになる。…李嗣源らの李姓は唐代に功績があった先祖が戴いたものなんで(つまり血脈ではない)、こちらの方が正統!という人たちがいてもおかしくはない。
当時は「ああ、乱世なんだなー」と思って観ていたけど、歴史背景を踏まえて見てみると改めて「なるほどなー」と思えてくる。
色彩設計と照明が美しい
「媚者無疆」は低予算ドラマなんで、セットや衣装にはいろいろ限界がある。衣装はシフォン地大活躍で刺繍も安そうだし、脇役に至っては段ボールか?と思うようなものも(笑)。セットも良く見ると安普請なのだけど、舞台のように背景を大きく描き、全体に照明を落とし、布や水面(姽嫿城には室内に幾つも池がある)の反射を上手く利用して禍々しい姽嫿城という場所を作り上げている。一人一人の屋敷にテーマカラーが設けられているのも美しい。特に李嗣源の住む聴竹院は若竹の意匠で、神秘的でお気に入り。
余りにお金がかかりそうな部分はアニメ、というか漫画になってしまうのだけれど、こちらも墨絵風のイラスト(モノトーンに赤だけが刺し色で入る)で美しかった。
オープニングもそうした感じで統一され、袁婭維(Tia Ray)の歌う「一生等你」が流れる。今でもとても好きな曲だ。
原作はもっと過激な内容だと聞くけれど、ドラマ化にあたっては元の言葉を残しつつ大分改変したようだ(新京报Fun娱乐2018.07.28監督インタビュー)。特殊効果は安っぽさをなるべく避け、特に蛍蟲のシーンにはこだわったとか。確かに洞窟や草むらを美しく舞う青白い光は大層美しかった。
原作者の半明半寐は「無憂渡」の原作「半夏」の作者でもある。あれもいいドラマだった。
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題名:媚者无疆 Bloody Romance 36集
原作・編劇:半明半寐「無憂渡」
導演:易军
出演:李一桐Li Yi Tong、屈楚萧Qu Chuxiao 汪铎Wang Duo 徐洁儿 李子峰
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