多分人生で一番繰り返し観ている映画。久しぶりに観たくなって、観たらなんか書きたくなった。吳宇森John Woo監督の名前を広く知らしめ、周潤發Chow Yun-Fatをスターダムに押し上げた映画だけれど、私にとってはアジア人の俳優が「カッコいい」ことを初めて認識させてくれた映画だ。
サブスクで視聴可能なんで、騙されたと思って(笑)一度は見てほしい。
実はこの映画は1967年制作の香港映画「英雄本色」のリメイクだ。例によって作品自体は語り尽くされている気もするので、元になった作品と比べてみようと思う。
ここから先は映画のストーリーに纏わるネタバレが含まれます。ご注意ください。
尚、参考資料は主に中文版Wikiと百度百科、及び添付されている元資料です。

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1986年版の大雑把なストーリー
周潤發のカッコよさのあまり忘れがちだけれど、物語の主人公は宋子豪(日本語字幕ではホー/狄龍Ti Lung 飾)だ。組織の幹部で同じ組織のMark(周潤發 飾)とは義兄弟。警察官志望の実の弟は兄の正体を知らず、宋子豪は弟の為に引退を決意。最後の仕事として台湾マフィアとの取引に臨む。
取引は罠だった。弟分の譚成を逃がしたものの宋子豪は捉えられ、台湾で3年の実刑に服した。Markは単身台湾に乗り込み、裏切り者のマフィアを全員殺害するが自身も重傷を負う。
宋子豪が香港に還った時、父は宋子豪の密告を恐れた組織に殺され、警官になった弟は兄を激しく憎むようになっていた。Markは雑用係に落ちぶれ共に再起をと宋子豪に迫り、新たに組織のNo1となった譚成は宋子豪やMarkを消そうと考える。実の兄弟と義兄弟への想いの狭間で、宋子豪は何を選ぶのか…。
この映画のOPが凄く好きでそこだけ見返したりもする(笑)。大の男二人がじゃれ合うところから始まって科学技術を駆使した偽札作りの工程と共にクレジットが流れていく。…もう誰もコンピュータにデカい磁気テープとか使わないだろうけど。
吳宇森作品は銃撃戦の派手さと美しさに集約されがちだけれど、この作品の魅力は寧ろ静的な場面にあると思う。宋子豪と弟・阿杰(張國榮Leslie Cheung 飾)との警察学校でのシーンの海の青さ美しさや、宋子豪とMarkが語り合う背後の香港の夜景。感傷的でヒロイックな言動の数々。…ステロタイプと言われればそうなんだけど、この作品には「カッコいい」が詰まってる。
1967年版のストーリー
この作品で何か書こうと思ってオリジナルだという1967年版も観てみた。…やだ、案外面白い。
60年近く前の作品なんでアクションが「当たってなーい」のは仕方ない。でも、早回しとカメラポジションとテンポの良い編集が乱闘の迫力を生み出している。派手に椅子だの壁だの壊れるし(笑)。拳銃は最後の方まで使われないけど、これは当時の技術を考えれば当然かも。
ちなみに1986年版でも冒頭や要所要所で印象的に使われる音楽(アタックみたいな短いやつ)は1967年版と同じものだ。1986年版では台湾の刑事を呉宇森監督自身が演じているけど(徐克もチェロの審査員として登場)、こちらの刑事も監督の龍剛自身が演じている(こっちの刑事も凄く嫌な奴だ(笑))。
ストーリーは1986年版よりシンプル且つ悲劇的。組織の幹部・李卓雄(謝賢 飾)は結婚を機に足を洗おうとシンガポールで最後の仕事に向かうが、弟分を庇って捕まり15年の刑に。服役後香港に戻って来た李卓雄だが、実家では母親から正業に就いている弟の為に戻ってくるなと言い渡され、かつての婚約者はボスの女になっていた。組織は李卓雄を再び組織に加えようと執拗に追い回す。警察は李卓雄に組織に戻り情報屋になれ、とこちらも圧力をかけてくる。仕事にもつけず家も失くした李卓雄はそれでも抵抗を続けるが、親切にしてくれた老人まで殺害、弟まで組織に加えようとするボスに対しとうとう反旗を翻す…。
1986年版との一番の違いはMarkがいない!こと。元婚約者も登場するが余り大きな役ではなく、むしろ四面楚歌の主人公を信じ手を貸してくれる女性弁護士が大きな役割を占める。この女性弁護士の発展形がMarkというキャラクターになったらしいけれど(東網《英雄本色》30年集體回憶2016.09.05)立ち位置は随分違う。彼女は主人公に手を差し伸べてくれるけれど本当の心情を理解しているとは言えず、主人公は最後には彼女の信頼を裏切ってまで弟を救うことを選ぶのだ。
「血縁」と「義兄弟」
1967年版と1986年版で共通するのは「弟の為に正業に戻る」ことを主人公が希求することだ。これってすごく中華圏の映画らしい部分ではないだろうか?
「仁義なき戦い」をはじめ日本でも任侠・ヤクザ映画は沢山作られてきたし「男たちの挽歌」がその影響を色濃く受けていることは多く言及されてきた。昔の恋人がボスに取られていたり、組織だけでなく警察からも追われることになる、というストーリーは日本のそうした映画でも良く見られる展開だ。義兄弟といろいろあった挙句、やっぱり一緒にカチコミに行くのも鶴田浩二と高倉健でよくやってたような(笑)。
ただ、弟の為に正道に戻ろうとするという展開はあまり見られない、と思う。日本の場合は主人公は家族がいないか、いても疎遠な場合が殆どだ。欧米のマフィア映画だと逆に、一家の生業がマフィアだから抜けられない、というのがよく見るシチュエーション。
1986年版では疑似家族のような元々の組織、兄弟同然の「義兄弟」Markを登場させることで「義兄弟」と「兄弟」どちらを取るのか、主人公は究極の選択を迫られることになる。
中華文化圏の人達にとって「血縁」「家族」というものは何より重要で絶対的なものだというのは、中国ドラマを観ているとよく分かる。だからこうしたプロットは寧ろ自然なものなのかもしれない。
日本人にとってこの映画が新しかったのは、任侠映画的な要素にそうした中華的なプロットが加えられた為で、逆に香港の人達にとっては古典的なプロットに日本や欧米の要素が加わったから新鮮ってことだったんじゃないだろうか?

1986年という「時代」
「男たちの挽歌」が作られた1986年は香港返還が10年後の現実問題として浮上してきた頃で、「義兄弟」と「兄弟」のどちらを取るか、という問題は暗喩として視ることも可能なんだろうと思うけれど、こればかりは香港人ではない私には分からない。
ともあれ、この映画は多くのキャスト・スタッフにとってのターニングポイントになった。
この映画を撮る前、導演の吳宇森は台湾でシネマシティと契約したがそこで作れと言われたのは「喜劇」だった。そのうちの一本を観たことがあるけれど、同じ人の作品とは思えないくらいつまらなかった(笑)。
製作の徐克は吳宇森より堅実なキャリアを歩んでいたけれど兼ねてから温めていた「英雄本色」「倩女幽魂」のリメイク企画は何処からも断られ、果たせていなかった。
吳宇森が徐克の電影工作室に移籍後、二人で練り上げたのがバイオレンスとアクションを通じて男同士の友情を描く「英雄本色」だった。
この映画が製作された頃、香港映画は方向性を変えようとしていた。「省港旗兵」(大陸から来たやくざ者のグループが起こした実際の事件を基にした実録風映画)「公僕」(警官より警官らしいと言われた李修賢主演で市井の警官の苦悩を描く)等が好評を博し、それまでのコミカルなアクションからよりバイオレンスに、シリアスに変わろうとしていた。「男たちの挽歌」の登場は“香港ノワール”と後に呼ばれるその流れを決定的なものにした。
徐克と吳宇森は売れっ子の映画製作者・監督となり今に至る。
主演の狄龍はカンフー映画のスター役者だったけれど、功夫のブームは去って久しかった。周潤發はTVドラマ「上海灘」でブレークしたもののその後主演映画がヒットせず、やはり苦境にあった。張國榮だけは既に大スターで、出資者たちへの安心材料にもなったようだ。この映画は彼らのキャリアの分岐点ともなった。
年月は早いもので彼らの一人は既に、いない。
「英雄本色」は1987年の香港電影金像獎作品賞・主演男優賞(周潤發)を受賞。中華圏の名作映画を選ぶランキングでは今でも上位に入る。韓国や中国でリメイク版が作られたこともあるけれど、やっぱり本作にはかなわない。
…もう一周しよっと。
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題名:英雄本色 A Better Tomorrow 1986
監制:徐克 導演:呉宇森
出演:狄龍 周潤發 張國榮
題名:英雄本色 The Story of a Discharged Prisoner 1967
編劇・導演:龍剛
出演:謝賢 石堅 麥基