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記憶の中の香港映画(今回は台湾だけど)4:「返校」の前日譚でもある「悲情城市」

「香港映画」と銘打っているけれど、これは台湾映画だ。この映画を観返そうと思ったのは単純で、台湾旅行で九份に行ったから。

 

この映画の舞台が九份だったことは、長いこと知らなかった。思い当たらなかった理由は簡単で、今私たちが写真で見る「九份」と、この映画に登場する九份が全く違うから。この映画が撮影された当時の九份は金鉱の町で、赤い提灯の連なる観光名所ではなかった。

俯瞰で眺めた時の湾の形と細い坂道の様子でようやく同じ場所だと分かるくらい、イメージが違う。

九份台北から1時間半くらいの場所にある。封切り当時観た時は首都からものすごく離れた場所なのだろうと思って観ていたから、案外近い場所だったことも驚きだ。

映画の中で、台北で起こっていた政治的な出来事が殆ど人々の暮らしに伝わっていない感じだったからそう思ったのだけれど、よく考えたらテレビもないし、新聞も統制されているのだから人々はその場所にいない限り、知りようがなかったのだ。。

 

この映画は台湾の名匠・侯孝賢監督の代表作であり、台湾で初めて「二二八事件」「白色テロの時代」を描いた映画として有名だ。侯孝賢監督の代表作を一本だけ上げるならこれ、という作品でもある。

ここから先はストーリーについてのネタバレを含みます。

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悲情城市」豆瓣より 台湾版ポスター

ゲーム・映画・ドラマで展開された「返校」、あの作品で初めて「白色テロの時代」、台湾が長きに渡り戒厳令下にあり、厳しい言論統制が敷かれていたことを知った方も多いと思う。そのきっかけとなったのが大陸からやってきた外省人及び国民党政府と、もともと台湾に住んでいた内省人との激しい対立が「二二八事件」。日本の占領から解放されてから二二八事件で戒厳令が敷かれるまでの時期を描いたのがこの映画だ。

 

とはいえ、この映画を観たからといって「二二八事件」そのものや、内省人外省人の対立がどうして起きたかを理解することはできない。この映画は、あくまで九份に住む台湾人の一家族の眼からみた「その時代」を切り取った形なので、事件そのものは誰かの伝聞であったり、人々の噂話から類推するしかない。

 

だから1990年の日本公開当時この映画を観て、中で起きている事件が何なのか、正直全く分からなかった。その当時、私は「二二八事件」も台湾が40年近くも戒厳令を敷いていたことも知らなかった。映画が終わって慌ててパンフレットを読んでようやく何が描かれていたのかが朧気にわかり、その頃はインターネットもなかったので本屋に走った。

 

今、この映画を観ると静かに、怖い。

梁朝偉演じる主人公、林文清は聴覚障碍者で写真館を経営している。林家は男ばかりの4人兄弟で長男は船問屋と飲み屋を経営している。次男は戦争に軍医として徴用されてから戻ってきていない。三男は、上海から戻ってきた時の精神錯乱の状態からようやく回復したところ。

 

カメラはほぼ遠景或いはミドルサイズで殆ど動かない。画面の中に、人々の暮らしが淡々と描かれていく。上海マフィアとの喧嘩があっても、カメラは寄るどころか、ドーンと引いてしまう。あくまで一般人の見た光景だからだ。普通の人は、やばそうな人たちが包丁を振りかざしているところにわざわざ近づいたりしない。

 

クローズアップとなるのは、上海マフィアとの諍いの原因となる荷物と、留置場から引き出された人が射殺される際にも(射殺シーンはない)銃声が聞こえず、ただ空を見つめる主人公の顔だけだ。

 

ごく普通に過ぎていく日々の中で徐々に家族が欠けていく。

三男は上海マフィアに利用された挙句、漢奸の疑いで逮捕され、釈放された時には廃人と化していた。主人公の親友は二二八事件で追われる身となり、結局射殺される。

家に送られてきた次男の遺品には「父親無罪」という遺書が隠されていて、彼がやはり対日協力者として処刑されたのだと分かる。家を支えていた長男も上海マフィアとの抗争で殺されてしまう。

残された主人公も官憲から狙われ、最後に撮影するのが台湾版のポスターともなっている家族写真だ。

その後主人公の妻の独白が入り、彼も行方不明になったことが語られ、台湾全土に戒厳令が敷かれたことがテロップで表示され、映画は幕を閉じる。

 

出来事は余りにフラットに、日常生活の延長上として描かれるので、悲劇であることすら気づきにくい。おまけに登場人物はそれらの悲劇についての感慨を一切語らない。

映画が作られたのは台湾が戒厳令を解いてからわずか2年後で、こういう形でなければ描けなかったのかもしれないとも思う。

 

だから今この映画を観ると、少々退屈を覚えるかも。

でも社会全体が歪んでいく時って、案外こんな風に外見は静かなまま、普通の人たちにはよく分からないまま、物事が進んでしまうのかもしれないとも思う。だとしたらやっぱり恐ろしい。

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原題:悲情城市 A City of Sadness 日本語題名:悲情城市 

製作年:1989年 台湾

監督:侯孝賢Hou Hsiao-Hsien 

脚本:呉念真 朱天文

出演:梁朝偉 Tony Leung Chiu-Wai 高捷 Jack Kao 陳松勇 Chen Song-Yong

 

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