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映画「ゴールド・ボーイ」とドラマ「隐秘的角落(邦題:バッド・キッズ~隐秘之罪)」と原作「壊小孩(邦題:悪童たち)」

配信された新作邦画「ゴールド・ボーイ」をぼーっと見始めたら「あれ?この話知ってる」となった。この映画、WOWOWでも放送された「隐秘的角落(邦題:バッド・キッズ~隐秘之罪)」と原作が同じなのだ。但し後半部分はドラマとはだいぶ違う。そういえばドラマの最終回は謎だらけだった…原作の日本語訳も出ていることだし、ここはひとつ、読んで比較してみよう。

ここから先は映画版・ドラマ版・原作のエンドまでのネタバレが含まれます。十分ご注意ください。

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「隐秘的角落」豆瓣より 話題になったポスター 主要人物分あってよく見ると誰が誰に何をしたかのヒントに

まずは呼び名を統一

とりあえず3つの作品の概要から。…と思ったけど、まず登場人物の呼び名が原作とドラマ・映画それぞれバラバラなので、混乱を避けるため以下のように統一。

 

張東昇(義理の両親と妻を殺害した男)→東昇

原作とドラマでは張東昇、映画は東昇。数学教師。映画版では元教師で現在は妻の会社で働いている。ドラマでは原作より細かく描写され、キャラクターが掘り下げられている。演じた秦昊の要望もあったという。

朱朝陽(主人公の少年)→朝陽

原作とドラマでは、朱朝陽。映画は安室朝陽。

原作とドラマではクラスの中で孤立したがり勉君だが、映画では単に優秀な生徒。

丁浩(逃走中の少年・朝陽の幼馴染)→浩

原作では丁浩。ドラマでは本来の探偵役(ドラマ版では削られた)である「厳良」の名が与えられ、役割の重要度が増えた。映画では上間浩。小学校時代の朝陽の親友。

設定もいろいろ違う。原作では両親が殺人犯として死刑となり施設へ。ドラマではそもそも父子二人暮らしで父親が服役(父親はその後精神病院に入院)し、施設へ。映画では普普の母と自分の父が結婚し、父親が普普に手を出そうとしたため家出&逃走。

普普(逃走中の少女・浩の妹分)→普普

原作では普普→夏月普に呼び名が変わり、そのこと自体が意味を持つ。ドラマでは普普、映画では上間夏月。

原作では父親が母親を殺害し死刑になり、施設へ。弟はその前に亡くなっている(仲も良くなかった)。ドラマでは両親を亡くし別の家庭に引き取られた病身の弟の治療費を必要としている。年齢はよく分からないけれど、原作の「2歳年下」よりは幼く見える。映画では年齢が引き上げられ、ほぼ同い年に見える。朝陽と普普は恋愛関係になり、浩の影は薄い。

 

「ゴールド・ボーイ」「隐秘的角落」「壊小孩」はどんな作品?

・原作小説「坏小孩」

2014年に発表された紫金陈の長編小説。紫金陈の作品は「無証之罪」「長夜難明」も同じ愛奇芸迷霧劇場枠でドラマ化され、大ヒットとなった。中国の「東野圭吾」と評されることも。「壊小孩」はイギリス推理作家協会が選定するダガー賞に中国作家の作品として唯一候補にあがったことがある。

・中国ドラマ「隐秘的角落」

2020年配信。豆瓣では8.8点と高得点を獲得した大ヒット作。日本でもWOWOWで放送され、各サブスクでも配信中。全12話。

導演:辛爽 編劇:潘依然 孙浩洋 王雨铭(1-3集)杨涵(1-3集)

出演:秦昊 Qín Hào 荣梓杉Rong Zishan 史彭元 王圣迪

東昇役に秦昊、他の作品でもよく顔を見る上手な子役三人を揃え、脇役も渋い俳優さんが並ぶ。原作では探偵役である厳良が削られ、オリジナルキャラクターとして浩を気に掛ける老警官(王景春 飾)と朝陽の父親の再婚相手の兄が加えられた。前半の流れはほぼ原作に忠実(但し妹転落事件の顛末は明かされない)だが、後半の物語は原作から大きく外れる。特に最終話の解釈についてはかなり中国のネットを賑わせたようだ。

・日本映画「ゴールド・ボーイ」 

2024年公開の日本映画。但し製作には香港・中国・タイの会社名が並ぶ。

監督:金子修介 脚本:港岳彦

出演:岡田将生 羽村仁成

東昇役に岡田将生を迎え、朝陽役にはジュニアの羽村仁成、というキャスティング。舞台を沖縄に移し人物設定にも大幅な変更が加えられている。長い小説を二時間に収める為か、原作の前半は大幅にカットされ妹転落事件は既に起きた状態で物語が開始。ドラマとは逆に後半の展開はほぼ原作通りなのだが、前半に語られる朝陽の状況がないと印象ががらりと変わる。

 

以降、小説版は「原作」、ドラマ版は「ドラマ」、映画版は「映画」と表記しています。

 

小説・ドラマ・映画それぞれにおける悪童三人の関係

原作もドラマも映画も、第一の殺人「東昇による義父・義母殺害事件」の様子はさほど変わらない。朝陽と浩、普普の描かれ方は原作・ドラマ・映画でそれぞれ違う。

 

原作での朝陽の学校でのいじめられ方はドラマより過激で、クラスの女子に嵌められ、無実の罪で先生から追及される。言い訳は信じてもらえず、危うく試験を受けられなくなりそうになり唯一の拠り所である「学年で一番の成績」を示す機会さえ奪われかける。

父親は新しい妻・周春紅の言うなりで、元妻はもとより息子のことも何一つ気に掛ける気はないようだ。娘が再婚を知らないからといって「他人の甥」として朝陽を紹介するシーンは気の毒過ぎて涙が出る。これでは朝陽が周囲の大人に不信感を抱き、真実を都合よくねじ曲げるようになるのも無理はない。

そうした中で浩と普普と出会い、最初は警戒するものの、一緒に行動するうちに何でも話せる一番の友達だと思うようになる。ただ彼らを結びつけるのが第二の事件「妹の転落死」であることは皮肉でもある。事件はかなり凄惨で、子ども達が大人のあくどい行為を無意識に取り入れ繰り返してしまう様子が描かれる。

 

ドラマでは子供たちは決して「悪童」ではない。三人の関係は詩情豊かに描かれ、朝陽にとって二人との絆がどんなに大切なものかが伝わってくる。普普は善意の象徴であり、朝陽と浩が守るべきものとして描かれる。原作だといささか空気になりがちな浩も、彼のことを気に掛ける老警官の存在によって「ワルに見えるけど心根の優しい子」だということが強調される。お金が必要な理由も「普普の弟の治療費」という善意に基づいている。

父親との関係もマイルドだ。父親は朝陽を呼び出し「良い成績のご褒美」と言ってお金を渡そうとする(朝陽は母親に怒られるという理由で受け取らない)。買い物にも積極的に連れて行ってくれる。でも車に貼られた三人の写真や電話での今の妻に遠慮している感じが、父親との距離を感じさせる。

第二の事件、少年宮における「妹の転落死」は表向き事故とされ、真相は最後まで曖昧なまま終わり判断は視聴者に委ねられた。

 

映画は、アイドルグループから朝陽役を迎えたせいか、朝陽はより大人びた感じで描かれる。普普との関係は友人から恋人関係に変わっていく。この時点からの二人の力関係の変化は原作に呼応するものだと思うけれど(原作でも呼び名が普普から本名の夏月普に変わった時点から二人はより近しい関係になると同時に、朝陽は彼女を利用するようになる)、最終的には朝陽の冷酷さが目立つ結果になった。浩は…原作に近いと言えば近いんだけれど、空気。

第二の事件については、開始時点で既に起こってしまっており、大きな扱いにはならず、全てが終わった後にネタ晴らし的に真相が明らかになる。事件の内容も「父親の再婚相手の連れ子を殺害」に変更になっており、動機も非常に利己的なものに変更されている。

正直この結末だと、朝陽は唯の「サイコパスな子供」になってしまう。うーん、もう少し何とかならなかったんだろうか。

 

小説の朝陽には同情しきれない

原作とドラマは第三の事件「朝陽の父と再婚相手の殺害」の描かれ方以降が大きく違っている。

原作と映画では父親と再婚相手の殺害を東昇に依頼(というより脅迫して承諾させる)。普普は朝陽に完璧なアリバイを作らせ、自分と浩も殺害に加わる。その後朝陽は浩と普普に毒を盛り東昇を刺殺。偽の日記で警察を欺き一人罪を逃れる。

 

原作では朝陽が如何に大人たちから誤解され、無視されてきたかが子細に語られているので大嫌いな父と再婚相手の存在を消し去り、自分が手に入れるはずだったものを取り返そう、と画策する朝陽の気持ちは分からないでもない。

探偵役の厳良が真相に気づきながらも最後まで躊躇するのは、朝陽の数学の才を惜しむだけでなく、彼の苦痛に塗れた道のりを考え同情したからに他ならない。

 

ただ、正直朝陽に対し厳良のようには同情できない。

心の支えであったはずの浩と普普をあっさりと殺してしまうのは納得がいかない。彼らが喋ってしまうかもしれない、という恐怖が日増しに大きくなって抱えきれなくなっていたのだとしても。最後の殺人はそもそも東昇の考えた方法を更に洗練させたもので、原作者がテーマだと言っていた「大人が子供に及ぼす悪い影響」の象徴でもあるのだろうけれど大変後味が悪く、それまでの三人の関係を考えると理解しがたい。

嘘だらけの日記を書きながら、朝陽は自身の記憶も塗り替え父親や再婚相手への憎悪も葬り去ったのかもしれないが、彼らとの友情や親愛の情もなかったことにしてしまったのだろうか。

 

ドラマ版最終話の謎

ドラマでは第三の事件は東昇が追い詰められて引き起こしたことになっている。東昇が朝陽を付け回すうちに(いろいろあって)父親の再婚相手の兄(←オリキャラ)を殺害。東昇は「普普(東昇のマンションで喘息の発作で倒れて以降姿が見えない)を返してほしければ朝陽の父親が経営する水産倉庫に来い」と朝陽と浩を呼び出す。東昇は偶然水産倉庫にやって来た父親と再婚相手をも殺害、放火して子ども達を殺そうとする。閉じ込められた朝陽と浩は何とか逃げ出し…(たのかどうかが、実は議論の的)。

 

クルーザー上で東昇と対峙することになった朝陽は、東昇から「俺とお前は同じ側の人間だ。俺を殺せ」と迫られ、逆に浩は東昇に殺されかける。朝陽は東昇を刺すが殺せず、浩は船から落ちそうに。朝陽は浩の手を掴むが引き揚げられない。そこへ警察がやってきて、東昇は射殺される。浩は老警官に助けられる。

 

数日後?朝陽の許に普普からの手紙が届く。が、朝陽はその手紙を読もうとしない。学校の講堂に厳良が現れるが、朝陽はこれも無視する。厳良は引退した老警官の元に引き取られ、広場ダンスを眺めている。夜になり、普普の手紙をようやく開く朝陽。その後朝陽は警察に少年宮での妹の転落現場にいたことを告白する…。

 

このエンドは中国で配信された時も大きな論議を呼んだらしい。最終話の一話前辺りから、話の進行と朝陽の浮かべる表情が食い違って見えるのだ。不自然なジャンプカットもあったりして、語られたストーリー自体がどうも信用できない。

実は映画を観て本来のエンドを知った時に、ドラマ版が上記のようにストーリーを改編した理由が初めて分かった気がした。小説版でも映画同様の結末だと知って、ドラマ版の謎がようやく解けた(ような気がする)。

 

ドラマ版最終話の別解釈「浩と普普はすでに亡くなっている」

ドラマを観終わった当時、エンドが腑に落ちなくて、豆瓣の掲示板を見に行ったりして、いくつかの解釈を見つけた。一番納得したのが、これ。原作の結末を読むとこの解釈が恐らく正解なのだろうと思えてくる(後に論議を受けて生配信された後日談で、二人が亡くなっていることは明かされた)。

 

ドラマは一見すると浩と普普は助かったように思えるのだが、実際の処は

・普普は東昇の家で発作を起こした際、東昇が救急車を呼ばなかった為死亡

・浩については二通りの説

  ①船で東昇に殺害された

  ②もっと前、水産倉庫で火災により死亡

浩については確かにどちらなのだか分からない。ただ、船上での浩と東昇の台詞を見ていると、どうも船上での出来事自体が朝陽の頭の中で作られたストーリーに思えてくる。

結局どこまでが朝陽の作った物語で、何処までが真実なのかは、よく分からないけれど、今回ドラマを観返してみて、以下のように理解した(…けど、違ってるかも)。

 

ドラマ最終話の個人的解釈

浩と普普と頻繁に会わなくなって以降、朝陽は日記を書き始める。この辺りから朝陽は二人を殺して少年宮での妹殺しを隠蔽しようと考え始めた。

決定打となったのは浩が動画の入ったSDカードを複製し警察に届けよう、と打ち明けた時で、朝陽は東昇を使って二人を消す方法を思いつく。

東昇は朝陽の想像通りに動き、普普を見殺しにした。水産工場の火事で朝陽は浩のことも見捨て助けなかった(第11集ラストカットの朝陽の表情からそう思える)。その後、老警官に浩のふりをして手紙を書き「少年宮の殺人の犯人は東昇」だと、自分の罪をなすりつけた。

自分にとっての脅威はあと一人、東昇だ。恐らく船には朝陽一人で行ったのだろう。自分が東昇に殺されそうになっているところに警察が到着、射殺するという筋書きだったのでは。

船の上での出来事は、朝陽の中での善(浩)と悪(東昇)の葛藤だったのだろう。最終的に東昇の「童話を信じていい」という一言で、朝陽は全ての真実を綺麗なおとぎ話に書き換えてしまった。

 

この「童話を信じていい」という言葉は原作になかった「デカルトとお姫様の話」という逸話のことで東昇が夏期講習で朝陽に話して聞かせる。「デカルトが王女と恋に落ち、それ故に国を追われた。デカルトは死ぬ前に王女に(グラフにするとハート形になる)数式を贈った。王女は生涯独身を貫いた」という逸話(=童話)の真実は「デカルトは王女に恋をしたが相手にされず、裏切者として処刑された」だったというものだ。真実を覆い隠し、綺麗な童話にしてしまう。「どちらを選ぶかは自分次第だ」

 

だから、その後の普普の手紙を読まずに投稿する朝陽のシーンからは彼の考えた「童話」の世界の出来事だ。浩は助かり老警官と暮らしている。普普の弟は老警官がお金を出してくれて手術を受けることができた。朝陽がこうであったらよかったのに、と思う童話の世界は美しく、切ない。

朝陽は結局普普の手紙を読む(ここで時間は巻き戻っている。カレンダーの日付が一緒)。だからそこは現実なのだと思うけれど、果たして警察に本当のことを話したんだろうか?

 

ドラマ版のエンド改編の理由は?

勿論、中国におけるドラマの規制、という問題が大きな原因だろうけれど、原作の殺伐とした終わり方よりこちらの方が記憶に残った。原作者もこの改編は気に入っているようだ。

ドラマを分解して子細に見てみると、物語の骨子は原作とほぼ同じだ、ということが分かる。ただ最後の「童話」部分を見ると、ひどく恐ろしいことを画策した朝陽という少年の中に、美しいものが残っていることもよく分かるのだ。

ここまで考えてようやく、原作の探偵・厳良と同じ気持ちになることができた。

彼の罪を暴くべきか、このまま彼が正道に戻るのを見守るべきなのか、と。

 

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