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記憶の中の香港映画9 厳しい修業は何の為?「七小福」(1988)

ジャッキー・チェン、サモハン・キンポーらの幼少期を描いた「七小福」(邦題同じ)。以前は配信されていたんだけど、いつの間にか消えてしまった。

この映画、ジャッキーやサモハンを知らなくてもカンフー映画が好きでなくても充分楽しめる、と思う。

ここから先は「七小福」及び「七人楽隊」のストーリーのネタバレを含みます。ご注意ください。

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「七小福」豆瓣よりポスター 子ども達がなんとも可愛い

舞台は実在の「北京戯劇学院」

映画は「阿龍」と呼ばれる少年が母親に連れられ、京劇学校に入学するところから始まる。

映画では名前が変わっているがこの学校は香港・九龍に実在した学校で、師父(としか呼ばれないけど)・于占元や子供たちは実名(と言ってもあだ名だけど)で登場する。

 

この学校の卒業生は、洪金寶(Sammo Hung Kam-po サモは「三毛」の意で彼の綽名)、成龍(Jackie Chan 劇中では「阿龍」)だけでなく袁和平(Yuen Woo-ping 監督・武術指導 「マトリクス」のアクション監督として有名)元彪(Yuen Biao 俳優「チャンピオン鷹」「プロジェクトA」等)元奎(Corey Yuen 監督・武術指導・俳優「方世玉」等)元華(Yuen Wah 俳優 最近では「七人楽隊」にも出演していた)元彬(Yuen Bun 監督・武術指導・俳優 よく徐克と組んで仕事している「笑傲江湖 東方不敗」「黃飛鴻之三獅王爭霸」等の武術指導)

…香港映画の最盛期を支えた人たちが一杯だ。師父の指導が如何に優秀だったかを物語るものでもある。映画では師父・于占元を洪金寶が演じている。

 

いがぐり頭の子ども達がとにかく可愛い

ただこの学校、入学の条件は今なら「子どもの権利条約」に引っかかるものばかり。曰く「衣食住の面倒は見るが、不慮の事故で怪我をしても賠償はしない」「仮に死んでも責任は取らない」「卒業時には師父に恩返しすること」…。

 

何とも凄い内容だけれど、親の方も承知の上だ。阿龍の父親はオーストラリアに出稼ぎに行っており、母親ももうすぐ渡濠するので、子どもの面倒は見られないのだという。周囲の住民から「親なし子」と罵られるのも根拠のないことではない。

 

学校、と言っても算数や理科を教えるわけではない。教えるのは京劇に関することのみ。台詞は口伝なので読み書きも教わらない(子ども達が読み書きが苦手なことは、何度も描写される)。長時間に及ぶ逆立ちや股割りなど訓練は厳しく、今なら児童虐待にあたるといわれるかもしれない。

 

ただ、師父の厳しさの裏には愛情が見え隠れするし、子ども達も師父の目を盗んでサボるし遊ぶしで、それなりに楽しそうだ。隣の仕立て屋も正月にはいたずらを大目に見てくれる。

子ども達が暗唱する「你說你公道,我說我公道,公道不公道,只有天知道」(あなたにはあなたの道理がある 私には私の道理がある 何が正しいかは天のみが知る)は京劇「玉堂春」の一節だそうだが(中国版Wikiより)、この作品のテーマでもある。

 

最初は化粧の仕方すら分からなかった子ども達も、稽古を重ねるうち、舞台で芸を披露できるようになる。お客さんからは沢山の拍手をもらえる。沢山の孫悟空がとんぼ返りを打つシーンは、なんとも愛らしい。

 

時代に取り残される伝統芸能

映画は阿龍の入学(1962)から10年間の物語を描く。

最初は満員だった舞台の客入りも10年後にはがらがらだ。京劇をはじめとする伝統芸能は廃れ、学校も経営難に。子ども達は既に青年と呼んだ方が良い年齢だけれど、流行の踊りも知らないし、ギターも弾けない。

女の子にかまけて舞台に穴をあけた阿龍。師父は彼ではなく、阿龍の外出を許したリーダーの三毛を打ち据える。

 

同じエピソードは師父を演じた洪金寶自身が監督を務めたオムニバス映画「七人楽隊」内の「練功」でも語られる。もっともこちらは幼少時の稽古での出来事だ。師父の眼を盗み稽古をさぼっていた子ども達、それを見つけた師父は稽古の責任者である三毛を打ち、更に長時間に渡る逆立ちを命じる。昏倒するまで逆立ちを続けた三毛は頭に大怪我を負ってしまう。

 

恐らくこちらの方が実話に近いのだろう。洪金寶の頭には未だに大きな傷が残るが、その表情からは師父の指導が今の自分を形作っているのだ、という自負が読み取れる。

 

 

70年代のワイヤーワークはこんなだった?

もう一つ、この映画の見どころは70年代当時のワイヤーワークが見られるところだ。…この映画を観た当時(今みたいにメイキングが沢山出回っているわけではなかった)、人間が綱を引いて持ち上げていると知らなかったので、すごく衝撃的だったことを覚えている。

 

当時はCG技術がなかったので細いワイヤーで身体を繋ぎ留め、それを照明の当たり具合で消す、という手法がとられた。今はCGで消せるのでワイヤーはずっと太いものに変わり、安定性は増したが、やっぱり綱を引くのは人力だ。一番力がかかって危険な着地を安全なものにするための微妙な操作は、機械では難しいのかもしれない(ハリウッドでは機械が導入されているらしいけど)。ワイヤーを引っ張る人も専門の職人なのだそうだ。…それはさておき。

 

師父の師弟(林正英飾)の仕事はスタントマンだ。彼の伝手で子ども達は映画会社にスタントマンとして登録することができるのだが、当時、スタントマンの扱いはお世辞にも「良い」とは言えないものだったらしい(映画の中でも俳優らに暴行を加えられた傷を見せるシーンがある)。

 

無理を押してスタントをこなそうとした師弟だが、支えていた綱が切れて屋根の上から転落してしまう。…混乱し正気を失った彼と、師父がキャットウォークの上で演じるのは「覇王別姫」の一幕だ。

この時の洪金寶は衣装を身につけていなくとも立派な「大王」に見える。この人の依って立つものは確かに京劇なのだと実感させられる。

師弟を演じた林正英(Lam Ching Ying俳優・武術指導「霊幻道士」等)は北京戯劇学院の出身ではないが、別の学校で京劇を学び、その後于占元に師事したのだそうだ。

 

結局学校は閉鎖され、子ども達は「京劇」という今や誰も必要としなくなった技術だけを持って実社会に放り出されることを余儀なくされる。師父は「可能性を広げてやりたかった。40年頑張ってきたけれど、お前たちにとってこれが良かったのかどうかは分からない」(※超意訳です)と心情を吐露する。

師父は未だ京劇の需要があるというNYへ移住、子ども達は映画界に飛び込むことになる。人間、万事塞翁が馬…この作品の終わりがそれでも明るいのは、観る側が、彼らが香港の映画界をしょって立つ大活躍をすることを知っているからだ。

 

ただ、現在の香港ではスタントマンの需要は激減しているらしい。映画「龍虎武師」(邦題:カンフースタントマン 龍虎武師2021)の中では大陸の武術学校出身者に押されて苦境に立たされる香港のスタントマンの姿が描かれていた。時代の流れというのは無慈悲でもある。

 

脚本・監督は張婉婷・羅啟銳

張婉婷 Mabel Cheung Yuen-Tingと羅啟銳 Alex Law Kai-Yuiはパートナーで、二人で脚本を書き、どちらかが監督を務める、というパターンが多かった(羅啟銳は22年に亡くなった)。

代表作「秋天的童話」(邦題:誰かがあなたを愛してる)は香港から海外への移民を描いた映画で、周潤發(Chow Yunfat)と鍾楚紅(Cherie Chung)による抒情的なラブロマンスだ。「宋家皇朝」(邦題:宋家の三姉妹)は孫文蒋介石ら、時代を動かした男たちに嫁いだ三姉妹の数十年に渡る人生を描いた大作。

彼らは人々の細やかな感情の動きを描くのが巧みだ。この映画でも子供たちを見守る眼差しはとても暖かくて優しい。

 

それと、盧冠廷(Lowell lo)のアコースティック基調の音楽はとても美しい。ノスタルジックな映画の雰囲気をより一層盛り上げてくれる。

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題名:七小福 Painted Faces 邦題:七小福 1988

導演:羅啟銳 脚本:羅啟銳、張婉婷

音楽:盧冠廷

出演:洪金寶 林正英 鄭佩佩 岑建勳

 

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