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「七人樂隊」を観て考える、香港映画のこと

観たいと思っていたけど劇場公開を逸したまま観ていなかった本作。「七小福」を観ていて思い出した…。

香港映画のファンにとって懐かしい名前が並ぶ。7人の監督によるオムニバス映画で、1960年から10年ごとの香港の様子を描く、というのが大テーマ。

1970年代が抜けているのは当初、吳宇森John Woが担当する予定だったのが身体的な不調で降板したためらしい。

香港映画の全盛期は四半世紀も前だけれど、好きな監督はやっぱり好きで、苦手な人はやっぱり苦手、という結論に。

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「七人楽隊」豆瓣よりポスター このような看板群も規制でなくなりつつある

練功(邦題:稽古)

テーマ:1950年代 監督:洪金寶Sammo Hung Kam-Bo

自身の体験を基にしたであろう子ども達の京劇訓練の話。カンフー映画系の監督さんは、こういうちょっとした人情噺を作るのが上手いと思う。オムニバスの最初の1本に泣かされると後が辛いけど。

 

洪金寶は出演作は196本(凄いな!)、監督作品も34本に及ぶ。主演作は多分「特工爺爺(邦題:おじいちゃんはデブゴン 2016)」が最後だが、70歳を過ぎた今でも監督としては現役だし、客演も年に1本くらいはしている。元気で何より。5月に香港で公開されたばかりの「九龍城寨之圍城」は名前の通り再現した九龍城での抗争ものみたいでちょっと面白そうだけど、そのうち日本公開されるだろうか。

 

師父役の洪天明(Timmy Hung)は実際の師父・于占元によく似ていて、上品な京劇役者の雰囲気がある。広くもないビルの屋上のコンクリートで訓練する様は、狭い香港だから本当にそうだったんだろうけど、如何にも大変そうだ。

 

校長(邦題:校長先生) 

テーマ:1960年代 監督:許鞍華 Ann Hui On-Wah

表面的には小学校の校長先生と女性教師の密かな恋が、許鞍華監督独特の淡々とした調子で描かれる。ただ、ここで大切なのはそのモデルが香港民主化運動の重鎮、司徒華であることだろう。司徒華は6月4日の天安門事件記念集会を呼び掛けた一人で、親中国的でありながらも弾圧には強く反対した。実際の司徒華も生涯独身で、親友であった女性教師を懐かしんでいた、と中国版Wikiに記されている。

 

許鞍華はずっと2、3年に一度のペースで映画を作っていて、今でも現役。初期の「投奔怒海(邦題:望郷ボートピープル 1982年)」はベトナムを脱出しようとする親子と日本人カメラマンの物語で、後半に泣かされる。戦時中の恋人たちを描いた「傾城之戀(邦題:傾城の恋 1984年)」(周潤發のクラシックな洋装が美しい)も淡々としているのに不思議な魅力があった。ちょっと日本の少女漫画を思い出させる「今夜星光燦爛(1988年)」も美しい映画だ。

 

主演の吳鎮宇Francis Ng Chun-Yuはずっと香港映画の脇役として活躍していた人で、正直こんなに息の長い役者さんになるとは思っていなかった。やばい性格のチンピラとかの役が多かったし。

 

別夜(邦題:別れの夜) 

テーマ:1980年代 監督:譚家明  Patrick Tam Kar-Ming

イギリスへの一家移住を決めた少女と、香港に残る青年の悲恋もの。国際的な遠恋にそこまで深刻にならなくても、と思うけれど、「返還を前に香港を脱出する」とか「香港に残される」という感覚は、私たちには分からない深刻な「時代の雰囲気」に裏打ちされたものなんだろう。

そこまでは何となく理解できるのだけど、やっぱり譚家明の作るものってよく分からない、というのが自分の感想(笑)。

 

譚家明は監督というより王家衛の初期作品のエディターとしての方が有名だろう。「阿飛正傳 (1990 邦題:欲望の翼)」や「東邪西毒 (1994)」の些か分かりづらい、独特な編集方法は彼の十八番だ。「烈火青春(1982 張國榮主演作品だけど恐らく日本上陸していない…と思ったら映画祭では上映されてた)」「最後勝利(1987 曾志偉のコメディだったような…脚本が王家衛)」「殺手蝴蝶夢 (1989 邦題:風にバラは散った 梁朝偉・鍾鎮濤・王祖賢という豪華な出演陣)」等の監督作品も観たはずなんだけど「よく分かんなかった」という情けない感想しか浮かばない。でも、編集作品も監督作品も共通したテイストは確かに感じられるので、作家性という意味では強烈なのだと思う。こういう雰囲気が好きで、共感できる人もいるんじゃないかな。

 

回歸(邦題:回帰)

テーマ:1990年代 監督:袁和平Yuen Wo-Ping

返還を前に海外に移住する香港人も多かったけれど、返還直前になってやっぱり外国の暮らしは性に合わない、と香港に戻って来る人も多かった。そんな世相を背景にした一篇。目一杯西洋化した孫と伝統的な暮らしを続けるおじいちゃん、という組み合わせは香港映画でもよく扱われる題材だけれど、ほっこりさせられる。

 

おじいちゃんを演じるのは元華。「七小福」と同じ中国戯劇学院出身者。「元」姓の役者さんで今でも見かけるのは元華くらいなってしまって寂しい限りだけれど、美しいアクションを見せてくれる。

 

監督の袁和平は成龍出世作「醉拳 (1978)」李連杰が英雄・黃飛鴻を演じた「黃飛鴻之二男兒當自強 (1992 邦題:ワンスアポンタイムインチャイナII)」王家衛功夫映画「一代宗師 (2013 邦題:グランドマスター)」ハリウッド製作の「マトリックス」等、アクション監督・武術指導界の重鎮。自身の出演作や監督作もものすごく多い。監督作については、どちらかというと低予算・二番煎なものが多いけれど、手慣れているのは確かで、今作も破綻なく楽しく、ちょっと泣かされる。

 

遍地黃金(邦題:ぼろ儲け)

テーマ:2000年代 監督:杜琪峯 Johnnie To Kei-Fung

この映画の発案者・杜琪峯が、株に狂奔する香港の人々の悲喜こもごもを、肩の力の抜けたコメディに仕上げた一篇。世界的な金融恐慌、リーマンショックは2008年の出来事で、それまで案外順調にいっているように見えた返還後の香港にも一気に暗雲が立ち込めた。その不幸を笑い飛ばすのも香港人の逞しさだ。

 

杜琪峯は先細りになっていく香港映画界を一人で支えているような印象だ。映画界も徐々に規制が厳しくなる中、香港ノワール的な映画を作り続け、現役の監督・プロデューサーとして映画界を牽引している。

この一篇は軽いコメディで、そういった雰囲気とは無縁だけれど、そういえば杜琪峯も若い頃は、周星馳がマシンガントークの弁護士を演じる古装片「審死官(1992)」や女の子三人の動作片(梅艷芳Anita Muiと楊紫瓊Michelle Yeohと張曼玉Maggie Cheungという豪華版)「東方三侠(1993)」なんかも撮ってるんだった。器用な人でもあるんだなあ。

 

迷路(邦題:道に迷う) 

テーマ:2010年代 監督:林嶺東Ringo Lam Ling-Tung

林嶺東監督の遺作。

2010年代の香港を正面切って描くのは難しい。2014年の雨傘運動、民主派議員の台頭と排除。それらを林嶺東は一人の男の心象風景として描いた。見知らぬ街になってしまった香港を彷徨う男の焦燥と混乱は、香港人の心象風景に重なるのに違いない。

 

林嶺東といえば「龍虎風雲(1987)」「監獄風雲(1987)」「学校風雲(1988)」の「風雲」シリーズで有名だけれど、これらは全て80年代の作品で90年代以降の作品を殆ど観ていないことに気が付いた。2000年以降は今作含めて5本しか撮っていない。香港映画の監督さんたちは皆2000年以降ガクンと作品本数が落ちているけれど、業界自体大変だったろうと想像できてしまって、なんとも言えない気分になる。

 

主演の任達華Simon Yamは、244本もの香港映画に出演している大ベテラン。最近では中国の刑事ドラマにも出演していた。ニヒルヴィランから汚いおっさんまで、芸域の広い人だ。代表作はどれ?と言われると困るけど「喋血街頭(1990 邦題:ワイルド・ブリット)」のフランスとのハーフの殺し屋は陰があって格好良くて印象に残っている。

 

深度對話(邦題:深い会話)

テーマ:近未来? 監督:徐克 Tsui Hark

如何にも徐克らしい不条理コメディ。可笑しいのかそうでないのか、ギャグが微妙なのはおいておいて「誰がまともなのか?」という見方によっては深刻な問いを投げかけながら、それをナンセンスなお笑いにしてしまうのは、徐克もやっぱり香港人なんだなあとしみじみ。

 

香港ノワール」「功夫映画」…香港を代表する映画ジャンルはいろいろあるけど、香港映画で一番多いのは「コメディ」映画だと思う。それもかなりバカバカしいやつ。

日本でもヒットしたホイ三兄弟の「Mr.Boo」シリーズ(本来はシリーズではないけど)で辛い日々の暮らしを笑い飛ばし、「キョンシー」というさっぱり怖くないゾンビで流行にあやかろうとする。男の真剣勝負だった功夫映画だって笑いに昇華させる。それが香港映画の独自性でもあった。

そう思うと、この一篇は如何にもこの映画の締めにふさわしい気がしてくる。

 

徐克は中国でも「大御所」として遇されていて、最近でも「狄仁傑」の映画シリーズや「長津湖」二部作等を手掛けており、肖战主演の「射鵰英雄伝」も撮影が終わっているはず。ただ、個人的な感想としてはSFXを多用した作品はちょっと大味だなあ、と思う。本人は好きなんだろうけど。

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UFOの陳可辛Peter Chan達がいないなあ、とか「古惑仔」の劉偉強Andrew Lauや当時ニューカマーだった陳果Fruit Chanは?とか思うけれど、この映画を手掛けた監督たちは確かに香港映画の黄金期を支えた人たちで、彼らの個性や作風を知るにはいいオムニバスだと思う。

これから先、ギャングの抗争ものや社会風刺コメディなんかはますます作りづらくなるんだろう。独特な魅力を持つ香港映画の火が消えないことを願う。

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原題:七人樂隊 Septet: The Story of Hong Kong(邦題:七人楽隊) 2020年

導演:洪金寶/許鞍華/譚家明/袁和平/杜琪峯/林嶺東/徐克

出演:洪天明/吳鎮宇/元華/任達華 他

 

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