1990年代、私は香港電影迷だった。
この頃の香港映画は本当に面白かったのだけれど、配信全盛のこの時代、配信されない映画は歴史の中から消えてしまう。ならせめてネットの片隅にでも置いておきたい。…中にはDVDすら手元になく、本当に記憶の中にしかない作品もあるけれど、そうしたものも取り上げていく予定。
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というわけで「ドラゴン・イン 新竜門客棧」だ。
別に感動するとか、有意義だとかそういう作品ではないけれど、単純に見ていて楽しい。
この作品は胡金銓監督の「竜門客棧(日本語タイトル:残酷ドラゴン 血斗竜門の宿)」(1967)のリメイクだ。「竜門客棧」の方は今でも配信で見ることができるのに、こちらは見ることができない。オリジナルは確かに面白いけれど、こちらも同じくらい面白いのに(泣)
オリジナル版は如何にも武侠映画、という作り、というかこれが元祖の一つ。
1457年(明・天順元年)、忠臣だった于謙が処刑され、遺児が流罪になる。この遺児を殺害しようとする東廠の宦官と、彼らを守ろうとする義士たちが竜門客棧で対峙する…。
ごつごつした岩場に建っている僻地の宿に一人、また一人登場人物が現れ、対立したり協力したり、因縁を明かしたり、というのはそれだけでも楽しい。于謙という忠臣の代表のような歴史上の人物(「大明皇妃」で大活躍してた、あの人)を登場させることで、細かな説明なしに如何にも武侠らしい対立の構図を作ることに成功している。
胡金銓監督といえばその撮影方法(ワイヤーワーク、カメラアングル等)が有名だけれど、武侠小説の複雑な人間関係や因縁を1時間半に収める、その構成・脚本も評価されていいと思う。何分60年代の映画なのでメイクの古さ、立ち回りの姿勢(ちょっとアマレスみたいだ)はあるけれど、今でも十分面白い。
まず、舞台は辺境の川沿いの宿から砂塵の中の宿に変更された。
ロケ地は敦煌だそうだけど、グランドキャニオンにも似た岩山を背景に、砂塵を巻き上げて馬が疾走する様子は完全に無国籍。所々で入る実景も本当に美しい。
(今では砂漠でのロケはそれほど珍しくはないのだけれど、当時は新鮮だった。ちなみに今配信している「一念関山」も敦煌でロケしているらしく、同じ岩山が登場している)
登場人物も東廠の宦官を除いて、キャラクターも関係性も変わっている。一番変わっているのは宿の主人(張曼玉)で「義侠心のある男性」から「やばいこともいろいろしていそうな女主人」に変更。何せ客を誘惑した挙句、身ぐるみ剥いで万頭の中身に…。
無実の罪で殺害された高官(遺児の父)も架空の人物になった。男性主人公(梁家輝)は宿の主人の友人ではなく、最初から遺児を助けるために動いている人物になり、恋人(林青霞)とこの宿で落ち合う、という設定だ。林青霞はここでも男装の麗人。中性的でありながら妖艶、という彼女の美しさはここでも際立つ。
宦官たちも怪しい化粧の甄子丹(まだブレイク前だ)の他に劉洵とか吳啟華とか、怪しげなメンツが揃っていて楽しい。
「新竜門客棧」は場所的にも物語的にも歴史的背景を廃したおかげで、オリジナルより無国籍でファンタジー色が増した。一方でオープニングの曲はオリジナルと一緒。この曲、テンポが良くて何が始まるのかちょっとドキドキする。
正直、男性主人公の影は薄い。どちらかというと宦官たちとの睨み合いに、一人の男を巡る二人の女のバトルが絡む。アクションも笑いもちょっとしたお色気もあり、闇鍋みたいな状況の中、それでも徐々に緊迫感は増していく。
アクションはどれも様々な工夫が凝らされていて華やかで楽しい。最後の砂塵の中でのバトルは意外な展開だし、宿の中のものをいろいろ使った立ち回りとか、バラエティに富んでいる。
何でもありな混沌とした世界観の中で、それでも最後は「義」「情」を以て悪と対峙する、というのは如何にも香港映画らしく、また、やっぱりこれも武侠映画なのだと思わされる。
この映画を何度も見返してしまうのは、別に見るたび新たな発見が、とか意義が、等があるからではなく、単純に、楽しくて幸せな気分になるからだ。
随分経ってから続編も作られた。「龍門飛甲(日本語タイトル:ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝)」というタイトルで、前作の男主が登場する。こちらは徐克が監督も務めた。関連は薄いけれど、この宿が遺跡の上に建ってるって設定は確かに「新竜門客棧」にもあったことを思い出した。
続編の出来は正直アレだけど、陳坤の一人二役が見られて、しかも太鑑姿は目の保養。
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原題:新竜門客棧 New Dragon Inn 邦題:ドラゴン・イン 新竜門客棧
1992年制作 導演:李惠民 Raymond Lee 監製:徐克 Tsui Hark
出演:張曼玉 Maggie Cheung Man-Yuk 林青霞 Brigitte Lin Ching-Hsia
梁家輝 Tony Leung Ka-Fai 甄子丹 Donnie Yen